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コラム

浅草歴

四月

仏生会(はな祭)

釈尊の誕生日を讃記念して営む法会で、古来から少年少女の間に親しまれている『花まつり』の行事です。
子供たちをお釈迦様にあやからせようと、親たちは供養の甘茶を小さな竹柄の杓で釈迦像にかけさせます。昔も今も変わりなく行われる進行風俗です。

この行事は大正元年4月8日、浅草の仏教青年伝道会で、仏生会を『花まつり』と改称し、各宗合同で挙行されるようになりました。
同5年には、日比谷公園で浅草から誕生仏のお練を行い全国的に広まっていったそうです。
浅草公園にあった仏教青年伝道会堂がその発祥の地だそうです。

白鷺の舞

浅草寺境内にて、第2日曜日に行われます。

浅草流鏑馬

隅田公園にて行われます。

早慶レガッタ

復活してから何年か経ちますが、未だに根強い人気があります。
最長のレースは両国橋から白髭、桜橋付近。橋の上は声をかけて応援する人や、カメラを向ける人などで賑わいます。
特にゴール近くの橋や親水テラスなどは、母校の現役学生やOBの人達、見物人の熱い戦場になっています。

泣き相撲

浅草寺暫像前にて行われます。

五月

宝の舞い

昭和47年5月に浅草名所七福神にちなんで始められた行事。5月5日の子供の日に、浅草寺幼稚園の園児たちによって奉納されます。

三社祭

三社とは、浅草神社の旧名の三社権現と称せられていた所から出た名で、浅草寺観音像を宮戸川(現隅田川)から感得し、奉安した土師真仲知、櫓前浜成同竹成の三人り濳る所から。

三社祭は毎年17日が大祭でしたが、明治5年から17日に改められ、更に近年は5月の第3日曜、その前の金曜、土曜に行われる様になりました。
三社祭では古式神事の柏板(びんざさら)舞が行われますが、中世の田楽舞の伝統を受けつぐ古楽舞で、東京都の無形文化財に指定されています。

三社祭りは、下町の中心であり、また一番下町の雰囲気が濃厚な浅草を舞台として行われたため、現存する江戸の名残りの祭の中でも最も華やかに、街中が祭り一色になると有名であり、東京の祭礼の中で、赤坂の山王祭、神田の明神祭と共に三大祭と言われています。
その人出は150万人にもなると言います。

江戸消防慰霊祭

境内の消防殉難者表彰碑の前で、消防による殉難者の慰霊祭が行われます。浅草神社の神主によるお祓いと鳶による梯子乗りが披露されます。

六月

植木市

毎年5月31日・6月1日が祭日で、富士山の山開きが6月1日にあたります。その富士詣りの出来ない人々の為に、土地の浅間神社に参詣したものです。
従って当初は垢離をとって身を浄め、白衣のかたびらを着て未明から詣でたものでした。
最近は影も見えなくなった麦わら細工の蛇は、宝永年間に駒込の百姓喜八という者が、夢告により疫病除や水あたり除のお守りとして広め、それが流行し浅草にも出るようになりました。

このお富士さんは現在、浅草神社のお末社として浅草5丁目(浅草警察署斜め前)にあります。この日に開かれる植木市は明治の中期から始められたと言われ、夏を告げる風物詩として下町情緒豊かなものです。
しかし平成7年(1995年)より交通事情、警備の都合で5月の最終土日と6月の最終の土日に開催されるようになりました。

お富士様の植木市を謡った小唄があります。
「よみながす、文はうず巻くひざまはり、恨みの文字のかずかずが、からみつくかとおそろしい、蛇になれ蛇になれ麦わらの、浅草富士の宵まり、降らざ晴れまい、空もよう」

鳥越神社例大祭

蔵前の隣の鳥越にある、由緒ある鳥越神社。ここで行われる鳥越祭りで担がれる「千貫神輿」は約4トンの重さがあり、都内では最も重いと言われています。

神輿は200人ほどの氏子に担がれます。宮入には百本あまりの高張り提灯が掲げられ壮観なものです。また露天の数も多く、たくさんの人で賑わいます。

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